ジェリー藤尾
ジェリー藤尾

生年月日1940年6月26日
出身地中国・上海出身

昭和21年、上海から家族とともに東京へ引き上げ、昭和32年、バンドボーイとなって米軍のキャンプを回り、新宿のジャズ喫茶で飛び入りで歌ったのが認められて芸能プロダクションにスカウトされる。
昭和33年、水原弘とブルーソックスのシンガーとして日劇のウエスタンカーニバルで初舞台。同年、高校を中退し、本格的に芸能活動をはじめる。リトル・リチャードのナンバーを得意とし、当時としては異色の"黒っぽさ"を身に付けていた。
昭和36年の「悲しきインディアン」でレコードデビュー後、昭和37年NHKの人気番組『夢であいましょう』から生まれた「遠くへ行きたい」を大ヒットさせ、日本レコード大賞候補曲、作曲賞を受賞。その後も「ダニー・ボーイ」「土佐の一本釣り」「指笛の丘」などをヒットさせる。一方、『檻の中の野郎たち』、黒沢明監督『用心棒』など映画・テレビを中心に幅広いエンターティナーとして活躍する。

【代表曲】
「悲しきインディアン」「遠くへ行きたい」「ダニー・ボーイ」「土佐の一本釣り」
「指笛の丘」「赤い河の谷間」「ジェニジェニ」「インディアン・ツイスト」「聖者の行進」

閉じる