合田道人

連載記事

雑誌の連載記事のご紹介

【ま】松原のぶえ (2002年6月号)

 「おい、顔に何かついてるぞ」、「最近、あなたも歌が聞けるようになったわね」、松原のぶえが日本を代表する偉大な先輩ふたりからかけられた言葉である。
「おい、顔に何かついてるぞ」「はい、これほくろです」…彼女は笑いながら、そう答えた。彼女がデビューのとき所属し、彼女をスターに仕立て上げた会社の社長、北島三郎とのはじめての会話だった。

 「最近、あなたも歌が聞けるようになったわね」「ありがとうございます。これからも頑張って歌います」…緊張しながら、そう答えた。彼女が所属するレコード会社の大先輩、美空ひばりとの会話である。

 北島もひばりも、決してのぶえをけなしたわけではない。北島はのぶえを見て「この顔は演歌だな」と即座に言った。今では山本譲二や原田悠里ら演歌の屋台骨を支える事務所だが、当時は大橋純子が所属し、のぶえデビューの翌年には「ダンシング・オール・ナイト」で、もんた&ブラザーズをスターにした、どちらかといえばポップス色の強い事務所であった。演歌の御大・北島の事務所に演歌歌手は必要なかった。だからこそ「これは演歌だな」と発したことは、まれなことであり、同時にすごいことでもあったのだ。

 女王・ひばりとて同様であった。新人歌手と口を聞かせることなど周囲がさせなかった。所詮、女王と新人歌手。相手になどしなくても、いやされなくてもいいのである。もし『頑張って』と声を掛けられるようなことがあったなら、それは天にも昇るようなもの。
ある有名な女性歌手にこんなことを聞いたことがある。『ひばりさんという方はもう雲の上の方でした。ご一緒になってもご挨拶すらおこがましくて。だから反対に声をかけて頂いても、恐れ多いという感じでしたよ』。そんなものだったのである。しかしのぶえには「最近、聞けるようになった」と言った。つまり裏返せば、彼女の歌を聞いているというメッセージである。叱咤激励、ひばり特有の最上級の褒め言葉だった。

 昭和54(1979)年7月1日、17才『女の出船」で歌謡海に船出した。
私ごとで恐縮だが、私は彼女と同い年齢、同じ年の歌手デビューだった。この歌をはじめて聞いたとき、"いい歌だ、きっと売れる"そう思った。しかし、結果は今いち、巷には流れなかった。だが暮れの新人賞で彼女は数々の賞を受けたのだ。どう見ても、売上枚数や知名度とは異なる受賞だった。何人かの入賞者が出る賞、例えば11月デビューだったため、翌年の新人賞レースに参加して私もいただいた新宿音楽祭などは大いに納得だが、大晦日のレコード大賞新人賞5枠の中に彼女がコールされたときには、はっきり言って出来すぎだと感じた。歌唱力と将来性が勝ち得た受賞といわねばなるまい。

 その期待に反して翌年から出した歌は、ことごとくヒットには結びつかなかった。歌う場所もなく、事務所でのお茶汲みや電話番をすることが多くなった。後に大ヒットする歌の文句「男なら」の、♪いつか時代が俺と寝る……という気分ではなかったろうか?

 待つこと4年、ついに時代がやってくる気配が見えてくる。発売7作目の新曲としてカラオケでじわじわと歌われ始めていた「おんなの出船」を新たに吹き込み直して発売することになったのだ。発売後から決して派手ではなかったが、この歌はコンスタントに売れ続ける。そして昭和60(85)年大晦日、誰にはばかることもなく彼女は「紅白歌合戦」に初出場、感激の歌声は全国に響き渡る。

 まさに時代はのぶえと寝た。

 翌61(86)年、「演歌みち」で藤田まさと賞受賞、62(87)年『涙の桟橋」で日本歌謡大賞放送音楽賞、63(88)年には10周年全国縦断リサイタルで各地満員御礼の大入り。そんな中で「男なら」がヒットし古賀政男記念音楽大賞に入賞。昭和が平成に変わる。気にかけてくれていたひばりが亡くなった年でもあった。

 その暮れ、ひばりの偉業に対しレコード大賞では、美空ひばり賞を制定した。

 "平成のひばり"を育てようという意味合いと、ひばりの名に恥じない実績者を対象に受賞者が決まる。その栄えある、第1回目のひばり賞に大作、「維新のおんな」でのぶえが選ばれたのだ。「最近、ちょっとあなたの歌も聞けるようになったわね」。天国からひばりが声をかけてくれているような気がした。今までもらったどの賞よりも重い、そんな気がした。"平成のひばり"は、あゆみを止めなかった。翌年には、今までと雰囲気を変えたフォーク・タッチの「蛍」でレコード大賞最優秀歌唱賞。続く「朝顔」「ほおずき」の"夏の三大風物詩"シリーズは記憶に新しい。

 途中、結婚もして女としての幸せも掴んだ。それを機に北島事務所から独立し、自らの新たな道を探し始める。これからが光り輝く刻、自信を持ってただひたすら演歌みちを進め! 空高く翔け! "平成のひばり"よ。