合田道人

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【ま】松村和子 (2002年8月号)

 たくさんのヒット曲を続発させ名歌手とよばれる人あれば、一曲の強烈なインパクトだけでその名を日本歌謡史にとどめる人もある。その点でいえば、津軽三味線をエレキ・ギターばりに弾きながら、いや叩きながら目いっぱいの高い声をストレートに発しながら歌う「帰ってこいよ」の松村和子などは、そのインパクトからも名歌手として名を外すわけにはいかないだろう。

 松村和子は北海道、東北を中心に活動する芸人の娘として生まれ育った。小中学校までは地方巡りの父母から離れて、祖母と暮らしていた。しかし蛙の子は蛙だった。和子には天性のノドがあった。和子には人の目をそらさない迫力と花があった。

 実は筆者と彼女は同級で、同じ北海道出身である。私は当時フォーク歌手としてデビューするのだが、歌のレッスン場が同じで一緒にデビュー前からテレビに出て歌ったりしていた仲である。カッコ、道人と呼び合う仲だった。その呼び方は、今なお続いているのだけれど…。

 カッコは何しろ抜群にうまかった。けた外れな歌唱力の持ち主だった。その頃には、もうお父さんたちと家族で舞台に立っていた。一度その舞台を見たことがある。同じ16歳とは思えぬ、ステージ度胸のよさで客をわかせていた。

  私が高校3年生で歌手デビューしてすぐ5ヵ月後にカッコもレコードデビューした。どこかのテレビで一緒になった。互いにプロとしての再会だった。「帰ってこいよ」を歌う。今でも彼女がそのときに言った言葉を忘れない。

  『いい歌でしょ? 絶対に売れるよね』。自信に満ちていた。目がキラキラしていた。楽曲のよさを越えた彼女の闘志にみなぎった瞳が、印象的だった。津軽三味線を弾きながらエネルギッシュに歌う彼女のステージはまさに、観客を引き込んでいた。

 カッコの予感どおりに、この歌は売れた。暮れ近くなると、毎日のように"新人なんとか賞"という類いでまたよく一緒になった。この年の新人賞レースは、何しろすごかった。田原俊彦、松田聖子、岩崎良美、河合奈保子とアイドル全盛。その中に彼女はそのインパクトとその歌唱力で堂々と食い込んでいった。 私はその前哨戦の何人かには必ずといっていいほど入選するのだが、本選の5人はいつも彼女たちだった。羨ましいと思う反面、あまりの実績の差に潔く拍手するしかなかった。田原、聖子、良美はその年、そのまま「紅白」に選ばれ、翌年には奈保子とカッコが「紅白」に初出場する。

 「帰ってこいよ」は前年の新人賞を獲ってから、ブレイクしはじめ翌年になってから大ヒットした。2弾目の「お加代ちゃん」も好評だった。

  「紅白」のメンバーが発表される当日、彼女はNHKホールにいた。今も火曜日に放送される「歌謡コンサート」のような形で、当時は「歌謡ホール」という番組名だった。共演者は北島三郎、小林幸子、森昌子ら「紅白」の常連ばかりでその日の副題は"メンバー発表!思い出の紅白"みたいなタイトルだった。何日か前に久々にカッコから電話が来た。『来週の"歌謡ホール"出るんだけど、「紅白」絡みなんだよね。きっと私だけ選ばれてないんだよね。みじめだなあ』。そう言っていた。誰が見ても「帰ってこいよ」の松村和子は当然、選ばれるはずなのに、当人はきっと無理だと思い込んでいるのだ。

 その日「歌謡ホール」でベテラン陣に混じって彼女は頬を高潮させながらステージに立っていた。司会者が言う。"この中に今年初出場の方がいらっしゃいます。松村和子さんです"。先輩たちがカッコに向かって拍手している。北島三郎が"おめでとう。私は彼女のお父さんにも世話になりましたからねえ"と話している。見る見るうちに彼女の目が涙であふれた。緊張の糸がプツンと切れたのだろう。彼女は発売したばかりの新曲「菜の花咲いていた」をその場でやっとの思いで歌った。

 そしてそれから約1ヵ月後、カッコは同じステージにいた。「紅白」の本番。これでもかというほどの派手な衣装で最高の「帰ってこいよ」を歌いきった。

 あれから22年経つ。カッコは「帰ってこいよ」一曲で今も多忙だ。"確かに「帰ってこいよ」があんなに売れたから、そのあといくらいい歌歌って、多少売れても、売れてないって言われるんだよね。"

 そうかもしれない。「こんな男に惚れてみろ」はカラオケで歌われたし、初出場の翌年、最後まで「紅白」当落線上まで残した「寒流」も一応ヒット曲とよべる。この歌は後に岩本公水が「涙唱」のタイトルで、それこそ「紅白」初出場曲になった歌でもある。

 でもね、カッコ、いいじゃないか! 俺はこうやって違う道でやって来られたけど、その大きな一曲をめざして歌ってる歌手は、いっぱいいるんだ。「帰ってこいよ」があったからこそ、ここまで歩いて来られたんだ。 そんなこと、一番カッコ自身が知っているはずだ。だからこそ、今日もどこかの町であの時よりもっと迫力がついた「帰ってこいよ」を松村和子は熱唱しているのだ。一昨年彼女は、結婚した。幼なじみとして、なんだかひどく安心した。