合田道人

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「姿三四郎」(2004年10月第27号より)

 10月31日、新宿コマ劇場のシアター・アプルで姿憲子の芸能生活40周年の記念リサイタルが開かれる。

 テイチク時代に浦島みつ子の名で「ベトナム哀歌」でデビューしてから40年という計算である。しかし彼女の一曲と言えば、何といっても昭和45(1970)年の「姿三四郎」であろう。

 男袴に下駄履きという颯爽としたいでたちで登場した彼女のピンと張った高音に青春の想い出を持つという人は数多いだろう。

 日本テレビ系のテレビ映画、竹脇無我主演の「姿三四郎」の主題歌は最初、水前寺清子に依頼されたという。水前寺のディレクターでもあった"演歌の竜"こと馬渕玄三は、そこを曲げて無名の姿憲子を抜擢した。馬渕は、彼女に袴をはかせ、その格好で街を歩かせた。取材やテレビ、ラジオの出演はもちろん、移動の電車や飛行機までその格好で乗せた。当然、人は振り向く。テレビに出だした彼女を見て、人々は「あゝ、あの子だ」と符合、レコードは飛ぶように売れた。

 オリコンチャートもあと一歩で第1位、あれよあれよという間にミリオン・セラーを記録する。

 歌手にとって一番どきどきする、そして一番うれしい、いやくやしい季節が到来した。この一年間を評価される賞レースと「紅白」の季節だ。

 この年の新人賞は、にしきのあきら、野村真樹、辺見マリと姿憲子の4人が最優秀賞争いだと夏場から予想されていた。ところがそこに待った!がかかる。ヒットもせず、名前も違ったにもかかわらず、5年前にテイチクからレコードを発売していたことが発覚し、新人とは認められないと判断が下ってしまったのである。新人賞候補から急遽転落。

 しかし「紅白」が残っているではないか。当時はヒット曲を出した一年目は出場するのは微妙だと言われていたが、この年においては、にしきの、野村、辺見、姿とも当選確実と見られていた。

 だが、嫌なことは続く。残る3人が出場を決めたにもかかわらず最終的に姿は「今年を代表する大ヒット曲の一つではあるが、他局のドラマ主題歌だから……」という理由で次点においやられてしまうのである。

 今こそCMソングも他局のドラマ主題歌も抵抗なく放送されるようになったが、当時はオミットされたものである。

 そんなこんなで「姿三四郎」は、「紅白」で聴くことができなかった。それどころか姿憲子自身、その後も「闘魂」「浪花節だよ人生は」などのヒットを続けているにもかかわらず、「紅白」出場の経験がないのである。

 実はこの年デビューの歌手は意外と現在も歌手活動を続けている歌手が多い年なのだが、「紅白」と無縁の歌手も多い。なんと「バス・ストップ」の平浩二も「ざんげの値打ちもない」「石狩挽歌」の北原ミレイも出場していないのである。

 さらにこの年、姿と並んで当確と言われていた「霧にむせぶ夜」の黒木憲、「真夜中のギター」の千賀かほる、じゅん&ネネらも実は「紅白」に出られなかった面々である。

 そんな姿憲子の40周年を記念した「姿憲子ゴールデン☆ベスト」(19曲入り\1980)が発売されたが、今回は私がライナー・ノーツを担当、リサイタルの構成台本も書かせてもらった。

 おなじみの袴姿でのヒットパレードはもちろん、ドレスや振袖姿で彼女の隠された魅力を十二分に発揮させようと思っている。まだまだこれから期待できる演歌のほんものがここにいる。その衰えを知らない歌唱力には、ついつい引き込まれてしまう何かがある。