合田道人

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「別れのブルース」「雨のブルース」に隠れた「東京ブルース」淡谷のり子

 日本レコード産業がお目見えして来年で80年を数える。その折々に流行歌が生まれ歌手が生まれ育った。

 昨今は"なつメロブーム"と言われる。青春の時を回顧するだけでなく名曲はいつ聞いてもいい…それがブームの本当の要因ではなかろうか。

 しかし"なつメロ番組"などで扱われる曲は一部である。どうしても一曲ないし二曲しか番組中に歌えないからしかたないのかもしれないが、第一、第二のヒットに隠れた第三のヒット曲、埋もれた名曲とでも言おうか、今月からそんな歌にスポットを当ててみよう。題して、"大ヒット曲(看板曲)に隠れた名曲たち"。
歌をたずねてみよう。

『東京ブルース』
芸能界のご意見番として長くその存在感をアピールしてきた淡谷のり子にここの所、元気がない。確か今年90歳を迎える高齢だから元気がなくてもなんらおかしくないが、再び舞台に立てるようにと毎日の発声練習は欠かしていないそうだ。

 淡谷は、まだブルースという言葉が目新しい昭和10年代から"ブルースの女王"と言われた。あんまり目新しくて地方公演の際に"ズロースの女王・来る"と看板に掲げられ憤慨したこともあったくらい。昭和40年代に入ると"なつメロ"という新語が生まれ往年のスターがこぞってテレビに引っ張りだされた。

 まだ生きてたのか?という歌手はさておき淡谷は人生相談やコマーシャルなどでまだまだ活躍していたから、いの一番に声がかかった。

 そして必ずといっていいほど「別れのブルース」か「雨のブルース」を歌った。「別れ~」は昭和12年(1937)、「雨~」は13年(38)の発表で戦時中は"ハイカラすぎる"だの"頽廃的"だので放送や発売、舞台で歌唱することまで禁じられたが、彼女の二大代表作として戦後は君臨してきた。この2作にかくれて"なつメロ番組"でも滅多に聞けなかった歌に「東京ブルース」がある。東京オリンピックの年に西田佐知子が歌った歌とは同名異曲。

 ♪雨が降る降るアパートの窓の娘よなに思う…ではじまるこの歌は「雨の~」の翌年、昭和14年(39)に発表されヒットした。

 東宝映画『東京ブルース』の主題歌で、主演は川田義雄(後の晴久)。いわゆる喜劇である。喜劇に淡谷の歌でもなかろう。その通り、この歌は映画主題歌としてではなく淡谷の力量でヒットした歌ということになる。

 作詩は「かなりや」「サーカスの唄」「王将」など数々の名作を書いた大御所・西條八十だが淡谷との手合わせはこの歌が最後。一説には、この歌の最終部分♪君がわかれに投げる花…の箇所は最初、「君がわかれに投げキッス…」だったのを淡谷が花にしてくれと、嫌がる西條に強引に頼んだためなどとも言われる。しかしこの頃は、歌詞も検閲が強化されているご時勢、いくら御大でも最初からキッスとは書かなかったのでは?という見方の方が妥当かもしれない。

 銀座、三味線堀、武蔵野といった地名も随所にはめこまれ、当時の暗い世相の中にあった東京をみごとに表現している。なお作曲は「別れ~」「雨~」に次ぎ服部良一。(昭和14年発売)