合田道人

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「憧れのハワイ航路」に隠れた「青春のパラダイス」岡晴夫

 戦後の巷に明るさを届けた曲といえば「リンゴの歌」であり「東京ブギウギ」そして「憧れのハワイ航路」である。

 ♪はーれたそらー、そーよぐかぜー……、独特の鼻にかかった歌声。敗戦国日本にとって忘れ難い地、ハワイをテーマに、苦しみと飢えの中で人々はハワイを憧憬の対象とした。

 歌った人、オカッパルこと岡晴夫。戦前の「上海の花売娘」や戦中の「パラオ恋しや」そして戦後すぐのこの歌や「啼くな小鳩よ」、昭和30年代にはいってからの「逢いたかったぜ」とその人気は長く衰えを知らなかった。

 人気投票第1位、主演映画も枚拳にいとまがない。興業も昼夜2回では、客が入り切れなかったというほどだ。

 彼に生涯現役というイメージが強いのは、54才の若さで早くこの世を去ったことにある。"なつメロブーム"が到来した昭和43年頃、オカッパルはすでにガンに冒されていた。全盛期、どちらかというと丸顔でがっしりとしていた体つきは、日一日とやせてゆき声量も衰えていった。

 それでもあの♪はーれたそらー……は不可欠だったのだ。♪なーくなぁ、こばとーよ……のときもあったし「東京の花売娘」を歌うこともあったが、それらに隠れてあまり選曲されず、現在、思い出のすみに追いやられてしまった名曲にこの「青春のパラダイス」がある。

 これは昭和21年に生まれたアップテンポな歌で、はつらつとして明朗な青春歌謡曲である。

 当時の人々は、戦争という名の嵐のもと"青春"という文字などほとんど忘れかけていた。だからこそいち早く、そして必死にその文字を思い出そう、取り戻そうとしていた。

 そんな日本人の願いが自然と口から口に伝わりこの歌は、発売と同時に早いスピードで大ヒットしていったのだ。岡晴夫の甘い歌声は新しい時代の幕開けにはふさわしすぎていた。

 しかし2年後の「~ハワイ航路」の出現は「~パラダイス」を越えた。アメリカ軍政下で海外旅行など夢のまた夢の時代だった分、この歌のインパクトはあまりにも強かったのかもしれない。