合田道人

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「おしどり道中」に隠れた「おしどり春姿」青葉笙子

 現在、未だ歌手として活動中で最も年代的に古いヒット曲を持っている人となればこの人。昭和13年、戦時中に亡くなった上原敏と一緒に歌った『おしどり道中』の青葉笙子である。

 先日も舞台でご一緒したが、そろそろ80歳を迎えるとは思えぬ美声と元気。舌を巻くばかりだ。

 彼女は、芸名が示すように独眼竜で名高い伊達政宗の居域、青葉城がある仙台に大正7年に産声を上げる。財閥名門、小野寺家令嬢である。

 "好きこそものの上手なれ"。父親の"そんなかわら乞食の真似ごとなど許さん"の言葉もきかずに勝手にレコード会社のオーディションを受けた。昭和11年、松竹がコロムビアとタイアップして催した『下田夜曲』コンテストである。デビュー前のオカッパルや近江俊郎も受けたが、あれよあれよという間に明朗活発で純真な令嬢の頭上に優勝の女神が微笑んだ。すぐさまコロムビアの姉妹会社、リーガルからデビューしたが、翌年『銃後ぶし』でポリドールへ移籍。そして翌13年、上原とコンビで歌った『おしどり道中』を発表するやたちまち大ヒットとなった。♪遠慮いらずの女房じゃないか 丁と張りゃんせわしが身を・・・。

 この歌は、生まれて60年もの間、歌い継がれてきた"道中・股旅もの"の傑作だ。しかしその頃、これに続き流行したにもかかわらず今では忘れ去られてしまった一曲がある。

 『おしどり道中』に隠れた『おしどり春姿』だ。♪春が来たよと富士山の風が そっとおいらの胸に吹く・・・。やはり歌は上原、青葉の名コンビ。松竹映画『弥次喜多六十余州唄栗毛』の主題歌で、歌うスターの高田浩吉、伏見信子はじめ、東海林太郎、小林千代子、日本橋きみ栄、田端義夫、それに上原、青葉とポリドールの人気歌手がそろって出演という前代未聞の映画だった。青葉の役どころは娘馬子。馬の頭を形どった春駒をかぶり初々しく演じ主題歌共々人気を博した。

 「あの頃は全国、飛び回ってね。"おしどり"が2曲も売れたもんだから敏さんと私を世間では"おしどりコンビ"って呼んでたぐらいよ。」

 しかしこの大ヒットの翌年、彼女はあっさり芸能界から身を引く。なんと子爵家、華族へ嫁ぐことになったのだ。歌手引退後、公家の礼儀作法や花嫁修行を積み歌手から子爵夫人へという考えも及ばないシンデレラストーリーがそこに誕生するのであった。

 上原敏、昭和19年戦死。20年、敗戦を境に華族制度崩壊。斜陽族なる言葉が生まれる。乳呑み児を抱え、戦後青葉は歌手として復帰したが、往年の人気に戻るまでには至らなかった。