合田道人

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「新宿そだち」に隠れた「雨の新宿」津山洋子・大木英夫

 昭和41年の「恍惚のブルース」に始まったニュー・ブルース時代は、「柳ヶ瀬ブルース」、「新宿ブルース」でご当地ソングのブルースブームになっていく。これに端を発し、ブルース抜きのご当地ソングがもてはやされるようになる。「小樽のひとよ」、「たそがれの銀座」、「ブルーライト・ヨコハマ」といった類いの歌だ。その先手を切った歌が津山洋子、大木英夫コンビが歌った「新宿そだち」である。

 これ以前にもご当地デュエットは存在していた。今なお人気の「東京ナイト・クラブ」、「銀座の恋の物語」だ。しかしこの2曲に描かれていた東京は、ひと昔前のスタイルだった。甘いムードで、色っぽいホステスとお客のための歌。男女が交互に目を見つめながら、チークダンスでも踊りながら…、といったムーディーなクラブの世界。

 しかし「新宿~」には現実感が漂った。舞台はクラブからスナックへ。♪女なんてさ 女なんてさ嫌い…と、まず男が1番。ラストに出てくる題名、♪新宿そだち…になってやっと男女一緒。さて2番、♪男なんてさ 男なんてさ嫌い…とお返し。しかし嫌いと言ってもなぜか気になる…というユニークで斬新な作りがたちまち受けて、これがご当地ブームに拍車をかけたのである。

 歌ったふたり、この曲で知名度を上げたが、これが最初の曲ではない。津山は昭和39年に東芝からデビューしたがパッとせず、一作きりで作曲家・遠藤実が立ち上げたレコード会社、ミノルフォンに参加、「五百八羽の千羽鶴」で再デビュー。一方の大木も同時に「酔どれギター」でデビューした。ふたりのほかに三船和子、千昌夫も同期の桜だ。しかし、新人ばかりの新会社、宣伝費もない。当然ヒットも出ない。遠藤が『このままでは倒産、困っちゃうな』とぼやいて出来た、後続の新人、山本リンダの「こまっちゃうな」でなんとか救われる。それを機に三船の「他人船」、さらに津山と大木がコンビを組んで「新宿そだち」。最後まで冷飯を食わされた千もすぐ後、「星影のワルツ」でホームラン。

 しかし皆、次の作品で足踏み状態。ヒットを続けたのは津山、大木だけだった。"新宿シリーズ第2弾"として当時よく歌われたものの、ここの所とんと聞く機会がない「雨の新宿」である。手拍子が似合うしゃれた小唄調。前作の強がりな男女のかけひきは一転してのほんわかムード。♪あなたもよって私もよって 降る降る雨にもえました…と、全くいい感じ。現実感もいいけれど、せめて歌の中ぐらいは夢を見たい…という一般の願望を見越して作ったところが、連続ヒットのゆえんではなかろうか。

 昭和46年、津山はやはりミノルフォンにいた高樹一郎と結婚し、大木は新たに二宮善子とコンビを組み「あなたまかせの夜だから」を大ヒットさせた。津山の方はその後、子育てを経て、高樹と夫婦で歌った文字通り「夫婦みち」で再び脚光を浴び、現在も夫妻で活動を続けている。新曲「人生ふたりづれ」が有線放送で目下好評。

 大木と津山、それぞれ違う道を歩んできたふたりだったが、昨年の大晦日にテレビ東京系「年忘れにっぽんの歌」で久々にオリジナルコンビを復活させ「新宿そだち」を披露した。ブランクを感じさせない息の合った歌いっぷりだったが、この歌に隠れた「雨の新宿」も聞いてみたくなったのは、私ひとりではなかったかもしれない。(昭和43年発売)