合田道人

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第十一回「恋の町札幌」北海道札幌市(2003年5月号より)

 先月ここで登場した『東京ラプソディー』など昭和10年代や戦後すぐの名曲が昭和30年代中盤、当時の人気歌手たちによって大ヒットするというリバイバルブームが起こった。

 『東京ラプソディー』は神戸一郎に唄われ、『雨に咲く花』は井上ひろし、『無情の夢』佐川ミツオ、『船頭可愛や』花村菊江、『星の流れに』渡辺マリ、『祇園小唄』藤本二三代、果ては女王・ひばりまでが『支那の夜』、挙句のフランク永井の唄った『君恋し』がレコード大賞に選ばれるほどの大ブームとなった。唄う俳優陣でも赤木圭一郎が『流転』、宍戸錠は『旅笠道中』、小林旭は一連の『まっくろけ節』や『ズンドコ節』などで気を吐き、石原裕次郎も『夜霧のブルース』『長崎エレジー』をヒットさせていた。

 現都知事、石原慎太郎の芥川賞受賞の小説「太陽の季節」の映画化でデビューした弟の裕次郎は、長い足に片手をポケットに突っ込みながら歩くスタイル、それでいて爽やかで陽気なエネルギッシュさを感じさせ、一躍人気スターに育った。「狂った果実」「嵐を呼ぶ男」では主題歌も担当、唄う人気俳優としての地位を築くのも、あまり時間を要さなかった。彼は昭和9(1934)年、神戸で生まれたが、ほどなく北海道に移る。現在は幼少期を過ごした小樽に"裕次郎記念館"が建てられて、観光客が押し寄せる。遺作となった『北の旅人』はじめ、『おれの小樽』『ポプラと私』、それに『恋の町札幌』と裕次郎ナンバーには、ふるさと北海道を唄ったヒット曲も多い。

 ♪時計台の下で逢って・・・で始まる『恋の町札幌』は、札幌で冬季オリンピックが開催された昭和47(1972)年に発売された。前年NHK「歌のグランドショー」の中で"今月の歌"のようなスタイルで浜口庫之助が作詞作曲し、この番組の司会だった菅原洋一が唄っていたものを裕次郎が聴いて"是非唄いたい"とレコード化したもの。裕次郎は元来、テレビなどの歌番組には出演しない人だったが、ロマン溢れる詩情とさりげない歌声がマッチして、札幌の名曲のひとつに育った。

 実は、私にとっても北海道はふるさとである。札幌は高校、大学時代を過ごした町。先日久しぶりにテレビ出演で札幌に戻った。まだ雪が降っていた。放送局のすぐ近くにこの歌の出だしにある重要文化財の時計台が建つ。真っ白い時計台に雪、幻想的な北のロマンの香りがただよってくる。

 時計台は北海道大学の前身、札幌農学校の演武場のあとだ。演武場とは講堂を兼ねた兵式教練場で、時計は明治14(1881)年にアメリカのハワード時計会社の振り子時計を設置。その時以来、往時の姿のまま時を告げ続けているのだ。今こそビルが立ち並ぶ大都会・札幌だが、当時は時計の音が町中に響き、それがそのまま仕事の終わる時間の報せだった。

 時計台の鐘の音は札幌のシンボルであり、"わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です"と札幌市民憲章の前章にもうたわれている。時計台は今も市民の誇りであり、旅人の心を癒してくれるものである。♪どこかちがうの この町だけは なぜか私にやさしくするの・・・・・・、裕次郎のあの甘い声が聞こえてくるようだ。