合田道人

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第十三回「キューポラのある街」埼玉県川口市(2003年7月号より)

 ここ数年、とんとナマの歌声を聴くことはないが、先回号で取り上げた倍賞千恵子とデビュー時から格好のライバルだった"歌う女優"といえば、吉永小百合ということになるだろう。倍賞の松竹少女歌劇団(SKD)出身に対し、吉永は連続放送劇「赤銅鈴之助」のヒロインとして11歳でこの世界に入った。だが、歌を出したのは、ともに同じ昭和37(1962)年のことだった。

 倍賞が「下町の太陽」でその年、新人賞を受けたのに対し、吉永は橋幸夫とデュエットした「いつでも夢を」でいきなりレコード大賞受賞。ライバル合戦の火花を散らす。映画のほうでは倍賞の「下町の太陽」は翌年のヒット作品になったが、吉永はこの年「キューポラのある街」で、一躍スターの仲間入り。いくつかの主演女優賞も受けている。

 キューポラとは、銑鉄溶解炉のこと。このキューポラの煙突が林立する鋳物(いもの)の町が、埼玉県川口市である。キューポラにコークスを積み、風を送って金属を溶かし、型(かた)に流し込み製品を作るのが鋳物だ。川ひとつ隔てれば東京なのだが、この鋳物の町はどこか陰鬱でどこか淋しい。その川口を舞台に映画が生まれ、この歌ができた。

 私は北海道の大学時代に『懐かしの日本映画』のようなプログラムで、映画館でしっかりこの映画を見たことがある。モノクロの画面の中で演じる、大学生の自分と同年代に描かれている吉永小百合、それに相手役の浜田光夫を見て、懸命に青春を生きる姿にやたら感動した憶えがある。

 吉永の役どころはジュンという名の娘だった。東野英治郎演じる父の辰吉は、職人気質ひと筋に江戸時代から伝わる甑(こしき)を守ってきた炭たきだったが、退職金ももらえず突然、工場を辞めさせられる。貧困で暗いくらしの中にもかかわらず、ジュンは高校進学の意欲を捨てずに健気(けなげ)に勉学に励む。それを励ます浜田扮する克己。たった十何年か前の話のはずなのに、そこには自分がとんと経験したことがない苦労や困難が描かれていた。何ひとつ不自由のない生活に慣れていた大学生の自分にはとても衝撃的だったし、それを周囲が励まし助ける様子が新鮮だった。愉快で明朗なジュンの可愛らしさに、心の中で声援をおくったものである。

 上京してから、仕事でよく川口に行く時期があったが、あのモノクロに映された陰鬱さも淋しさも汚(きたな)さも、もうそこにはなかった。しかし、『ああ、ここがキューポラのある街なんだ……』と、なんだかうれしくなったものである。

 川口は、今も鋳物製品を作り続けている、れっきとした「キューポラのある街」だ。東京オリンピックの聖火台、学習院の門、寺や神社の防火用の天水(ちょうず)鉢(ばち)、道路標示板、街路灯など、実は様々な場所で鋳物製品を目にすることが意外と多い。だが、映画が作られた当時、大部分がキューポラに頼っていた溶解炉も、現在では58%が電気による炉に変わってきているという。