合田道人

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第十五回「毬と殿さま」 和歌山県(2003年9月号より)

 先月取り上げた坂本冬美の故郷、和歌山に先日、『童謡の謎コンサート』で訪ねた。有馬温泉、道後温泉と並ぶ日本三大古湯に数えられる白浜温泉にある大きな会館である。舞台の疲れを湯で癒(いや)し、翌日は取材で近くを回った。車で本州最南端の町、串本方面へ約30分ほどすると、大きな看板が目に入ってきた。美しい太平洋に囲まれた熊野枯木灘県立自然公園内にある『日本・童謡の園』、日本初の童謡公園である。

 園内には、紀州ゆかりの童謡として「毬と殿さま」、作者が和歌山出身者であるということから「鳩ぽっぽ」、「お花がわらった」のモニュメントが建てられ、そこに近づくとセンサーで歌声が流れてくる仕組みが施されている。さらに“童謡の散歩道”として、日本の代表的な童謡として「赤とんぼ」「ゆうやけこやけ」「てるてるぼうず」「ウミ」「みかんの花咲く丘」「めだかの学校」「七つの子」の歌碑が建ち、演奏が流れる。童謡を歌いながら散策するには、もってこいのコースなのである。

 私は先月末、『童謡の謎』に続く新シリーズ『童謡の秘密~知ってるようで知らなかった』を発売した。その中でこの公園には、手毬をついて遊ぶ女の子の像がある「毬と殿さま」を取り上げている。

 ♪おもての行列 なんじゃいな 紀州の殿さま お国入り……と歌っているのだから、これはれっきとした和歌山県の歌である。そのため、和歌山城下にも歌碑は建てられているのだ。

昭和4(1929)年、この詩と曲は少女雑誌の『コドモノクニ』に童謡として発表されたが、その年最初にレコード化してこの歌を広めたのは、当時最大の人気歌手だった“いちばん星”こと佐藤(さとう)千夜子(ちやこ)だった。彼女のレコードには、童謡ではなく新民謡と記されていた。そのため♪垣根をこえて 屋根こえて……の歌詩どおりに、童謡の枠を越えて日本中に広がっていったのである。佐藤は日本最初のレコード歌手として、その名を歴史に残す。だからこそ“いちばん星”なのだ。♪昔恋しい銀座の柳……の「東京行進曲」や「波浮の港」「紅屋の娘」などのほかに、フランク永井が後々歌った「君恋し」、古賀メロディーの傑作「影を慕いて」も実は彼女が最初に歌った。

 この「毬と殿さま」の不思議な点は毬が歌の中で擬人化され、♪あなたのお国の みかん山 わたしに見させて下さいな……と殿にねだる、なのに最後には、毬そのものがみかんになるという奇想天外なストーリーである。毬がみかんになる……、ここには何かが隠されているのではないか? それが今回の本でひも解いた秘密なのだが、実はこの歌には江戸時代の参勤交代、つまり、♪おもての行列……に絡(から)んだ庶民の悲願、お上(かみ)や武士に対する抵抗、声なき心の叫びが潜んでいたのである。詳しくは拙著を手にしていただきたいが、「下に~下に」の声とともに、大名行列がやってきたら、庶民は顔も上げずにひれ伏す。無礼があってはその場で斬捨御免となるからだ。毬を追いかけて行列に飛び込んでしまった女の子の悲劇がこの童謡の裏側には潜んでいたのである。